黒い雨の健康影響は科学的方法に基づいて再検討すべき

放射性微粒子被曝による健康障害が無視されている


 

 

 

    大瀧 慈;広島大学名誉教授

 

 ABCC(後に、現放射線影響研究所に改組)は1949年から1961年の間、爆発直後の黒い雨への曝露に関する質問を含む調査を広島・長崎のLSSコホート集団に属していて初期被爆線量が推定されていた直接被曝者(n=86,609)を対象に実施し、黒い雨への曝露との関係について1950~2005年の死亡率と1958~2005年のがん発生率解析を行った。その結果は2014年に公表されている。1)広島での雨に曝された11,661人の被験者(20%)、長崎では同733人(2.6%)であったこと、雨に曝されていない被験者と比較して雨にさらされた被験者の過剰な相対リスク(ERR)は、固形癌および白血病の発生率については、どちらの都市でも有意に上昇した降雨リスクは認められなかったと報じており、黒い雨への曝露による有害な健康影響を示さなかったと結論付けている。
 上述の調査と解析は、黒い雨の健康影響評価について、その本質に迫れているのか?私は強い疑念を持っている。その理由は、初期被爆線量が推定されている被爆者が対象になっていることである。爆心地から3km以内で被爆した人に限定されている被爆者の中で、「黒い雨に曝されたか否か」の違いと、がん罹患や死亡危険度との関係が論じられているのである。元来、この集団では、殆どの人々が放射性微粒子の曝露を受けているはずであり、黒い雨に曝されたか否かは、曝露量を左右する程度の重要な意味を持っていないのではないか。2)また、放射能を含んだ雨に曝されたとしても、ある程度以上の放射性微粒子が体内への取り込みが起こらなければ、その影響は脱毛を含む急性の皮膚表面の障害を起こす程度で治まり、それが原因で長期に亘るがんなどの後障害を引き起こすことに繋がるとは考え難い。ただし、雨滴が目に入った場合は白内障の原因になっていたかもしれない。
 雨は、一般に大気中の埃を吸収し地上に落下させ、大気を浄化することが知られている。その機序を考慮すると、被爆直後の市内領域では、むしろ雨に曝された状況で行動していた場合の方が、大気中に浮遊している粉塵の密度が低下し、放射性粉塵の吸入の危険度はむしろ低くなっていたことも想定できる。ただし、それは、いわゆる降雨中や降雨直後に起こりうる状況であり、降雨直前ではそのような現象は起こりえない。一方、黒い雨が降った地域は、高密度の粉塵を含んだ大気が付近を通過したことが示唆されるものであり、雨が降る直前にその辺りで行動していた人々の多くが放射性粉塵を多量に吸引していたことも考えられる。“黒い雨”のリスクは、それに曝されたか否かというよりは、それが降った地域で行動・生活していたことによるものと解釈すべきではなかろうか。この観点に立てば、黒い雨に曝されていなくても、いわゆる死の灰といわれるような放射性粉塵に強く曝された場合には、遠距離被爆者でも健康障害が起こりうると考えられる。3)被爆地が(爆心地から)遠距離であっても、近距離で被爆した直接被曝者を救護した方々にも急性放射線障害のような健康障害が発生していたとの手記も残されており、放射性微粒子による曝露が原因であることが示唆されている。広島原爆の場合、爆弾から射出された中性子を受けて放射化4)を通じて生成された 28Alや56Mnを含んだ微粒子が,いわゆるHot particle効果5),6)を引き起こし,急性症状、染色体異常、発がんなどの後障害の危険度を高くしていたことが考えられる。これらのことを踏まえると、既述のABCC・放射線影響研究所による黒い雨の健康障害に関する調査や解析は、的を射ていないものと言わざるをえない。
 黒い雨への曝露の有無に関わらず放射性微粒子の体内摂取こそが、非初期放射線による放射性障害の危険度を左右する本質的な要因である。黒い雨が降らなかった地域でも所によっては高密度の放射性粉塵が“死の灰”として降っていた可能性もある。なお、黒い雨が降った地域に居た人は、大気中からの放射性粉塵を吸引することがなくても、被爆直後に雨水を飲んだ場合には腸を通じて放射性微粒子を摂取していた可能性があり7)、その後、健康障害を起こしていたことも考えられる。なお、微粒子吸引による内部被曝に対しては遮蔽や回避が容易でなく、その被曝線量の推計は極めて困難であり、既存の線量評価システムを形式的に適用すると桁違いに線量(率)を過小評価してしまうことを認識しておかねばならない。一般に、内部被曝は低線量被曝と思われているが、放射性微粒子の体内沈着が絡んでいる場合には、局所的に超高線量被曝の状態になっている。ただし、その生物学的影響の詳細は現在未解明であり8)、動物実験による検討が始められたばかりである。9),10)

 

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2. Ohtaki M: Re-construction of spatial-time distribution of black rain in Hiroshima based on statistical analysis of witness of survivors from atomic bomb. In Aoyama M, Oochi Y(eds), Revisit The Hiroshima A-bomb with a database, Hiroshima City, 131-144, 2011.
3. 大瀧 慈, 大谷敬子: 広島原爆被爆者における健康障害の主要因は放射性微粒子被曝である, 科学, 86巻, 819-830, 2016.
4. Imanaka T, Endo S, Tanaka K, Shizuma K: Gamma-ray exposure from neutron-induced radionuclides in soil in Hiroshima and Nagasaki based on DS02 calculations, Radiation and Environmental Biophysics, 47, 331-336, 2008.
5. Tamplin A, Cochran T: Radiation standard for hot particle, Natural Resources Defense Council, 1974.
6. 松岡 理: 放射線量の不均等分布とその生物効果--Tamplinのホットパ-ティクル提案をめぐって, Radioisotopes, 25, 659-669, 1976.
7. Geiser M, Im Hof V, Schurch S, et al. Structure and interfacial aspects of particle retention. In Gehr P, and Heyder J, eds. Particle-lung interactions. Marcel Dekker,New York, 291-322, 2000.
8. Kerr G, Egbert S, Al-Nabulsi I, Bailiff I, et al. : Workshop report on Atomic bomb dosimetry - Review of dose related factors for the evaluation of exposures to residual radiation at Hiroshima and Nagasaki, Health Physics, 109, 582-600; 2015.  doi:10.1097/HP.0000000000000395.
9. Stepanenko V, Rakhypbekov T, Otani K, Endo S et al. : Internal exposure to neutron-activated 56Mn dioxide powder in Wistar rats: part 1: dosimetry, Radiation and Environmental Biophysics, 56, 47-54, 2017. doi: 10.1007/s00411-016-0678-x.
10. Shichijo K, Fujimoto N, Uzbekov D et al.: Internal exposure to neutron-activated 56Mn dioxide powder in Wistar rats-Part 2: pathological effects, Radiation and Environmental Biophysics, 56, 55-61, 2017. doi: 10.1007/s00411-016-0676-z.